2020.07.06
岩手一関市伝統の「もち文化」を題材にした映画『もち』、東京で公開開始
7月4日(土)から渋谷のユーロスペースで上映が始まった映画『もち』。監督の舞台挨拶があるということもあり、1日2回の上映がすべて満席と大変な盛況ぶり(残念ながら席数は半分に削減)。4月に公開予定だったが、新型コロナウイルスの影響を受け延期となっていた。待ち侘びていた人も多いのだろう。上映後には自然と拍手が沸き起こった。
「もち文化」の記録映画を超えて
映画は岩手県一関市の山々に囲まれた本寺地区を舞台に、タイトルのとおりこの地域に古くから伝わる、地域の皆で「もち」をつき、食べる文化をモチーフにした作品だ。
岩手県の一関エリアは、伊達藩から伝わったもち食文化が受け継がれている地域で、季節の行事や人生の節目など、ハレの日にはもちが食べられてきた。その回数は年間60回以上、種類も300種以上ともいわれる。
そのほか、もちに関する儀式として今に伝わるのが「もち本膳」。「おとりもち」という進行役の指示に従って様々な種類のもちを頂く儀式で、作品の中でも中学生たちが文化を継承する体験として取り上げられている。
このように「もち文化」が深く根付いた場所を舞台にした作品というと、もち文化の紹介とともに舞台となった一関の魅力を記録した、ありがちな地域の観光PR映画なのでは?と思うかもしれない。もともと監督の小松真弓さんは、もち文化に関する短い映像作品ということで依頼を受けていたそうだ。
ローカル、地域をテーマに各地の情報を発信するメディア「コロカル」の元編集長で、この作品のエグゼクティブプロデューサーを務める及川卓也さんは一関出身。「地域の文化が無くなっていく危機感があった。小松監督にいろいろな伝統芸能を見てもらって、これは残さなきゃということになった」と作品制作のきっかけを話す。
その思いを共有して作られた作品は、ただのご当地PR映画にはならなかった。やがて失われていくかもしれない美しい日本の文化の記録でありながら、実在する一人の少女のみずみずしい青春の一ページが奇跡的に重なり合う、美しい物語となった。これは一関の話であって、一関だけの話ではない。全国各地にある「郷土」で起こりつつある無数の物語の一つであり、日本の今を生きる私たちの物語でもある。
その土地の人たちが生み出すリアリティ
小松監督は多くの地元の人たちと対話をする中で、失われていく文化、伝統、人と人との繋がりと、それを残そうとする人々の思いや姿に触れ、その際のエピソードをパズルのように組み立てて、オリジナルのストーリーとして構想していったという。
そして何よりも驚くのが、出演者は皆プロの俳優ではなく、岩手県内に住む一般の人たちだということ。カメラの前で演じているのではなく、現実の時間を生きているかのように自然なのだ。どうやってこれほど自然な演技を引き出したのか、その手腕に驚かされる。特に主役を務める中学3年生のユナ(佐藤由奈)の存在感には誰もが惹きつけられるだろう。
小松監督はユナの起用について、「(失われてしまった)神楽を復活させた中学生がいるという話を聞いて学校に行ったら、彼女がいた。校庭に立っている姿が、その土地で、自然とともに生きる真っ直ぐな感じがして惹かれた」と語る。
中学校の閉校、親友のお兄ちゃんへの淡い恋心、そして最後の卒業生として卒業式の日を迎えて…。実在の14歳の少女が生きる現在進行形の現実に、フィクションが混ざり合う。やがてフィクションとノンフィクションの境界はわからなくなり、映像の中の時間が鑑賞者の中に流れ出す。
小松監督は舞台挨拶で「その土地に伝わる民話や神楽のように、長く愛されて広がる映画になってほしい」と思いを語る。この作品がきっかけとなって、全国各地に息づく日本文化を見直す気運が高まり、近い将来にまた新たな「郷土映画」の傑作が生まれるかもしれない。
■あらすじ
岩手県一関市本寺地区。一関市の中心街から離れた山に囲まれた一帯が本作品の舞台。主人公は地元の中学3年生のユナ。ある冬の日、彼女のおばあちゃんが亡くなる。葬儀の日、おじいちゃんは、臼と杵でつく昔ながらの方法で餅をつきたいと頑なに言うが、ユナにはその気持ちがわからない。ユナの身辺にも変化が訪れる。通っている中学校は生徒数の減少から閉校が決まり、親しい友人も引っ越し、密かに恋心を抱いている先輩も東京へ行ってしまう大切なものも、いつか思い出せなくなる日が来るのだろうか―。 餅をつく文化と共に、その意味すら消えそうになっているこのまちで、「忘れたくない」気持ちと、「思い出せなくなる」現実の狭間で揺れ動く心を抱きながら、懸命に生きる一人の少女の姿。消えゆく日本の伝統文化に、儚い青春ドラマが重ね合わされる。
※上映は東京の他、神奈川、栃木、群馬、京都、大阪、福岡で順次公開
■作品情報 2019年製作/カラー/16:9/61分 配給:フィルムランド 制作:マガジンハウス 出演:佐藤由奈、蓬田稔、佐藤詩萌、佐々木俊、畠山育王
■脚本・監督:小松真弓
神奈川県茅ケ崎育ち。武蔵野美術大学卒業後、東北新社企画演出部に入社。
2011年より、フリーランスの映像ディレクターとして活躍する。
生き生きとした表情を引き出す独特の演出や細部美こだわった映像美に定評があり、これまでに500本以上の様々な映像作品を手がけている。
TV-CMの企画・演出を中心に、ミュージッククリップ、ショートムービー、
映画、脚本、イラスト、雑誌ディレクションなど、フィールドを広げている。
2011年には映画『たまたま』(主演:蒼井優)が劇場公開されている
http://mayumikomatsu.com/
エグゼクティブプロデューサー 及川卓也
プロデューサー 谷田督夫
撮影 広川泰士
照明 タナカヨシヒロ
録音 小川秀樹
整音 丸井庸男
編集 遠藤文仁
音楽 Akeboshi
■関連サイト マガジンハウスがおくる「ローカル・地域」をテーマにしたWebマガジン 「コロカル」